自然のもので健康に

わたしたちの歩み

第6章 『違い』

「乳牛でも同様に効果はある。私は事ここに至り、確信する事が出来たのである。」

 この頃、もう一つ言われ続けていた懸案があった。長曽我部先生のデータについて、見た人が必ず言う事。それは、「肉牛と乳牛は違う生き物だから同じように効くとは限らない」という事であった。つまり、乳牛でデータを取らなくては意味がないというのである。

 同じ牛という生き物の事で、このような事を言われるとは思いもせず、私は頭を悩ませていた。

 後に分かる事ではあるが、乳牛の専門家達と話をしている中で、確かにそうだと納得せざるを得ないのだ。

 近年の乳牛の年間産乳量(305日間)はなんと平均9,000kgと言われている(2005)。その20年前、1985年頃には7,000kg程度であった。年間2tも余計に牛乳を生産している計算となる。その増加傾向は未だ止まらず、『スーパーカウ』と呼ばれる牛では年間20,000kgというものも現れ始めた。20年前のものと比べると、約3倍。勿論、これらは遺伝的選抜を行い続けた努力の賜物であるわけだが、一方で問題も抱えている。

 牛乳を作ると言う事は、大変にエネルギーを必要とする行為なのである。牛乳の源になるのは血液であり、牛乳1リットルに必要な血液量は数倍とも言われている。

 大量の血液を作る為には、大量の栄養が必要である。が、当然牛が食べる事が出来る量には限界がある。そこで、栄養価の高い物を食べさせる事になるが、これにはまた難しい問題がある。吸収力が追いつかない場合、かえって不具合を起こす事もある。つまり、飼養管理が非常に重要で、且つ難しいバランスの上にあるのだ。

 身体も肉牛(体重5~600kg)より遙かに巨大(1tなど)で、食べる量も質もまるで違う。また肉牛とは飼育ステージも異なる。なるほど、『違う生き物』なのだ。


 乳牛について現場を持っている人間。そんな伝手があっただろうかと悩んでいる所に、帯広畜産大の同級生から電話が入る。

 内容は、長らく連絡がついていなかった同級生のO君の連絡先が分かったとの事だった。彼は紆余曲折の末、北海道で牛の削蹄師(文字通り蹄を削る仕事をする人。蹄は伸ばしっぱなしにすると病気の原因となる)をしていた。

 何とも、タイミングのいい話である。早速彼に連絡を取る事にした。
 「久しぶりです。畜大の田村です。覚えてますか?」
 「おぉ!覚えてるよ、久しぶりだね」

 40年ぶりに聞く彼の声。その態度は、まるで昨日別れた友人のような、気さくなものであった。

 近況やら、今までの話やら、積もる話もそこそこに、本題を切り出す。
 「さっき話した通り、今私は甘草を畜産に使う事をやってるんだ。乳牛で試験を出来る場所を探して居るんだが、どこか知らないか?」
 「あぁ、それなら俺のところでやってみるよ」

 実にあっさりした答えであった。それから資料とサンプルを送る約束をして、電話を切った。

 久しぶりの友人との電話と言う事もあったが、私の依頼に対して二つ返事で答えてくれた事に小気味よさを感じていた。自分で言うのもおかしな話だが、久々に電話が掛かってきたかと思えば、得体の知れないもので試験をしてくれ、なんて頼まれて、普通引き受けるだろうか。彼との友情は大学の四年間だけであったが、今それがどれだけ大きな財産となっているか、痛感した。


 少し後の話になるが、O君の方では二牧場、計18頭の乳牛で試験を行った。結果、13頭が二週間足らずで受胎した(72%)。これには農家も驚いて、わざわざ早朝にO君を訪ね、ドンドン!と扉を叩き、「Oさん、大変な事になった」と報告に来たほどである。当のO君にしてみれば、そんな言い方をされたら何か悪い影響があったのかと大変不安になったそうだが、蓋を開けてみれば好成績だったとの事、大変喜んで私に報告してくれた。


 乳牛でも同様に効果はある。私は事ここに至り、確信する事が出来たのである。


 その後私は甘草の供給源として新たに加えた。いよいよこれで甘草は大きな仕事にすることが出来る。その下準備がようやく整ってきた。


 そんな期待をうち砕く、あの出来事が起こる。