「田村さん、ちょっと待ってください。あれはすごいですよ」
この一言から、甘草の研究は大きく動き出す事になる。
北海道S牧場にて、H氏と一通り話し終え、さて帰るかと立ち上がった時に、突然H氏が切り出してきた。
「何?何の事ですか?」
「甘草です。ほら、去年私が購入した、あれです」
言われて思い出した。確かに、H氏には去年会った際に甘草を買ってもらっていた。
「あぁ、あれですか。すごいというのは?」
言いながら、座り直す。私の半身が動かなくなって数年になるが、まだまだ座る作業というのは辛い。それでもH氏の表情からは、座り直して話を聞くだけの価値があるように感じられた。
「お話ししていた通り、あの後風邪引いてばっかりで鼻水流してた、種付けが出来ない雌馬に甘草をやってみたんですよ。そしたら二週間で発情が来ました。その発情でばっちり種が付きましたよ」 淡々と話す。
H氏とは長い付き合いだ。同じ帯広畜産大学を卒業した一年後輩で、余り口数の多い方ではない男だが、実直な男である事は分かっている。私が先輩だからといって、おべんちゃらを使うような男ではない。そんな彼から、そんな経験談を聞く事は初めてで、しかもその中身は想像以上に面白い内容であった。
「付いたんですか。はぁ、そんな事があるんですね」
「はい。本当にどうしようも無い奴だったので、私も驚きました」
このごく短いやり取りがあったのが2006年初夏。長い長い甘草研究の端緒である。